2017年9月18日(月)「誕生日のうた」の誕生 おめでと~

久しぶりに、小さなオリジナル曲が1曲生まれました。

それは、友達の誕生日に何か短くてもいいから歌いたくて、♫ フンフンとギターを持って口ずさんでみたら生まれ出たのでした。
その人のことを思って、素直な気持ちで、やってみました。
詞と曲がいっしょに出て来たものなので、ある意味でとても強く、
歌詞はもうこれでキマり、推敲させてもらえないような決定感があります。
短いなりに、ちょっと切なくもあって、なかなかいいですよ。うふふ。
こんど聞いてください。

私の場合、曲は心から自然に出てくることが大切で、
その時の気分や気持ちをよく現わせたかどうかが、私にとっての曲の良し悪しになります…。
どの曲もその時のものなので、どれも否定できない。しょうがない。
結果、なんだか変な曲になっても、なんていうか、私のせいじゃない。
それはそこにあって、ちょっと採りに行ってみてる…ような感じもあるので。
和音が鳴っているので、辿っていく感じ。
デジャヴのように、夢で見たことしかない道を実際に辿っていく時の感じにも、ちょっと似てる、
この先にアレがあるよね。そうそう、それで次はこれだよね、という、あの感じ。

そんな無責任なものだけど、客観的に人から「いい曲だね」「あの曲が好き」と言われるのは、とても嬉しいものです。
逆に、そんな無責任なものだから、もちろん気に入られなかったとしても当たり前、なんですよね。

私の人生は、ギターを背にしょって、自分のいくつもの「その時の気持ちカプセル」みたいなの(曲)を大切に抱えて、ぼろを着て歩いていく感じも、ちょっとある…(なんでぼろなのかな。あぁ、それ以外に持ちものが無い、のイメージかも)
曲なんか作らなくてもいい、別に作らなきゃいけないわけじゃないしと思ったり、人に言われる日もあるけれど、
では、
気持ちを現わせた(いい曲)が生まれた時の、この喜びと興奮はなんなんだろ…。
青臭い けれどずっと変わらない この純粋な喜びの爆発は、一体なんなのだろ…。
あるいは人間って。

できた! できました! 見て見て~~!
と、母にお絵かきを見せる子どもと、さほど変わんないんじゃないかな  (それでいいのか?) (~_~;)
あはは。

私の曲に共感してくださる沢山の方に、心から感謝しています。
取りあえずこの人生、今のところは、そんな風で。