2022年8月16日(水)6月にレコーディングしました

渋谷毅さん(Piano)といっしょに演奏するユニットLUZ DO SOL(ルース・ド・ソル)は、これまでに4枚のアルバムを出してきました。いずれも12~13曲収録してるから、もう50曲ぐらいはご一緒に録音してもらったことになりますか。前回は2019年発売だったかな。

LUZ DO SOL#5を創ろう! ということになんとなくなってから久しいのですが、先に先に延ばしてもね~ということで、6月にレコーディングに行ってきました。前作で初めて4曲ゲストで入っていただいた松風鉱一さんには、今回も5曲で参加してもらいました。割合でいうと今回は半分ぐらい。やってもらっちゃいました。

レコーディングの状況っていうのは1作ごとに違っていて、それぞれにドラマがあります…。でも録音はいつもとっても楽しい。それは毎回、間違いない。

録音のことは少しずつ、ここに書いていこうかな。

仮ミックスが上がって来て、これから製作に入ります (笑)  

2022年8月17日 | カテゴリー : topup, 2022 | 投稿者 : 平田王子

2022年4月7日(木)解けない誤解

自分の言動や行動が、人の誤解を生んでしまうことがある。

どうして説明したものか、たぶん…ぜったいこう思っているだろうな。でも違うんだけどな…! それをどうして伝えたらいいのか。滅多に会わない人だったりする。説明したい。実はその前にこういうことがあって、それはその流れでこうなったのであって、とか、上手く説明はできるかわからないけれど、あなたが思っているようなことでは決してないのだ、とか。もちろん恥ずかしくて顔から火が出るような自分の失敗の場合もあるけど。

説明や弁解ができないままに、もう一体、何十年と経ってしまった。もうあの人には会えないのか。

2年ほど前にもそんなことがあった。つい先週もそんなことがあって、悶々としている。また新しい何十年が始まってしまうのか。どうする。

ひとつずつ抱えて生きている。

でも人と人とはそういうことの連続なのだよね、きっと。私がとっくに忘れたことを先方では覚えていることは多々、あるでしょう…。わかってはいるけれども伝えたい。そして悪気はなかったし、あなたと縁が繋がらなかったことを、いま私がとても寂しく思っていることも。

2022年4月7日 | カテゴリー : 2022 | 投稿者 : 平田王子

2022年2月7日(月)映画音楽「DUNE」2

映画のサントラも出ているのだけれど、ハンス・ジマーはDUNE「スケッチブック」と題して2枚組のアルバムを出しています。。

そうだ、ゴールデングローブ賞(第79回 映画DUNE作曲賞)受賞、おめでとうございます。嬉しいな!

スケッチブックの方を聴くと、サントラは極めて映画用で必要なところだけのダイジェストだとわかります。スケッチブックの方が、イマジネーションを突き詰めていった感じがよくわかって、こちらを聴かないとちょっと勿体ないかな、という印象。

これは映画用というよりは、この仕事を請けたとき作曲家にとってこの長さが必要で、その長さで作ってみることが必要な作業だったんじゃないかなぁ、ということも私には勝手ながら想像されました…。今回の映画を初回観た感想が「音楽が凄かった」であり、映画の内容よりもそんな印象だったことはそれまで無かったので、そのこと自体にも驚いたのですが、使われていたのは、じつにその一部だった。ハンス・ジマーが、DUNEの世界を語ろうと思った時のイマジネーションの展開が、拡がりが、この「スケッチブック」を聴くとしっかりと感じられます。

そして「人々が聴いたことのない、別の惑星の音楽を目指してるんだ」(ご本人談)、みたいなのを何かで読んだ気がしますけれども、よくよく聴いてみると世界民族音楽大全からの引用、みたいなところも感じられるのです。

オーケストレーションと、混声合唱と、シンセサイザーやら機械的な音やら、エレクトリックギターやら。

それに民族音楽あり、お経やケチャみたいなのや、想像の言語や、つまり現代の私たちが聴いているものが混沌ながら全部ある、と言ったらいいのか。なんて言ったらいいのか。DUNEという文学を発展させて映像化・音楽化したときに、このように見事に融合される、というのが楽しくて。

イマジネーションを追っていくことの楽しさ、素晴らしさ。

みんなで作ったんだろうな、その現場の楽しさったら! 想像しただけでも楽しい。あれやらこれやら試してみて、選択したり、して決めていったこともあるんだろうな。至近距離で、試作も全部聴いてみたかったな!

この楽しさは、ヴィラ・ロボスに共通する楽しさだ。こういう楽しさには、もう中に入ってしまってぐるぐる、洗濯機のようにかき回されて翻弄されて楽しむに限る。

音楽のある世界、ヒトとして生まれた歓びだ。

2022年2月7日 | カテゴリー : 2022 | 投稿者 : 平田王子

2021年11月20日(土)映画音楽「DUNE」

10代後半からサイエンスフィクションが好きで、「砂の惑星DUNE」はもちろん読んだ。84年公開の映画も楽しみに観たのだけれど、イメージが著しく異なっていて、残念な感じだった。あの時わたしは思ったのだ。思い出した。これはCGとか映画の技術が上がったら、また観よう。それからなんと、30年以上も経っていたとは…!

現在公開中のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のはどの観点からみても本当に素晴らしかった。改めて原作も読み直しているところ。

これは映画館で観なくては、と思って行って、けれども終わって最初の印象はというと、それは音楽の凄さだった。圧倒的で、もの凄かった!

ハンス・ジマーという音楽監督なのだけれど、私は初めての体験でした。聴いても聴いても、音楽の成り立ちがわからなくて、いったいこれは何の音? 何をどう重ねるとこうなるんだろうとも思うんだけど、それでも全体としてはとても美しく圧倒的で、知らない想像上の惑星のことを素晴らしく表現していたと思う! 

音楽は、どんどん変わっていってしまう。私を取り残して。いえ、ただ一観客として聴いて受け止めればいいのだろうけれど、こんなに大きなものに出逢うと…、いったいこの身の拠りどころをどこにおいたらいいものやら、どうしたらいいのかと、くらくらしてしまう。

ハンス・ジマーという人は、この映画が誕生する前からDUNEが好きで、「私の夢はDUNEの映画を製作することだ」と、監督から依頼があった時に話したということですが、本当に、最高傑作だと思います。おめでとうございます。完全にやられました。惑星いくつかぶんもの大きさでした。はぁ~。

困った。当分の間はこのショックから抜けられそうになく、何をしても「世を忍ぶ仮の姿」として暮らすことになりそう…。音楽にはいろんな体験があるものですね。

2021年11月20日 | カテゴリー : 2021 | 投稿者 : 平田王子

2021年9月27日(月)個性というもの

個性というのは生まれながらのものもあるけれど…それは動物的なというべきもので、たしかに在ると思う。

でもそれ以上に、時間をかけて「育まれるもの」ではないのかと感じています。

育まれるとは、「生来」のつぎにくる「育った環境」もあるでしょう。

でもそれ以上に、育った環境を離れて一人生きてゆくわけで、その時間の方が人生はずっと長い。

その人がどう感じて、どうしたいか、それが積み重なった時に、結果として現れて、それがだんだんと個性のようになっていくのではないかしら、と思う。

何が心に響いて、何が好きで、何を大切にしたいか。

それははっきりするとしても、何に違和感を感じるか。違和感、これが意外に重要で、これはちょっと違うなぁ、とほんの少しそこで角度が変わったとしても、10年経ってみるとずいぶん違う方まで来ちゃっている。

そして来ちゃった先には、なんとなく、どこか共通の感覚を持った人が何人か居たりする、、、不思議さよ。

2021年9月27日 | カテゴリー : 2021 | 投稿者 : 平田王子

2021年7月31日 夏を楽しんで

8月8日昼に神戸Big Apple、

9日夕方 奈良ならまち Blue Noteで演奏致します。

とても楽しみにしています。体調を整えて、楽しい気持ちで伺います!

2021年7月31日 | カテゴリー : 2021 | 投稿者 : 平田王子

2021年3月23日(水)LIVEが久しぶりでも

LIVEとしては久しぶりでも、ずっと音楽のことを考えて暮らしている。

何を聴いても、聴かなくても。

そのことに自分で気づいて、ちょっと驚いた、意外だった。

LIVEは久しぶりでも、いつもの通りにいつもの気持ちでやるような感じだ。特別な感じはしなくて、淡々と、日常生活の通りに演奏することになるでしょう。一方で、こうも言える。案外にも演奏中は、(いつものように)チャレンジ精神であれこれやっている。いろんなドラマが起こっている…。それだから、じつのところぜんぜん淡々としていないわけなんだけど。

今日の中野sweetrainは、ご飯も美味しい、音楽のための、いいところ。4月2日の水道橋店は、ちょっと変わった感じのするお店…ちょっと80年代っぽいというのかな、それが徹底していて面白い。

歌うってどういうことなのかな。作曲家と歌手の間にあるものは? 作曲者が私の場合は? ずっと求めて、探して、やってみて、試してみて、手を伸ばして触ろうとしているのに、掴めたような気がしてもまたスッと逃げて、いつまでも届かない。

2021年3月23日 | カテゴリー : 2021 | 投稿者 : 平田王子

2021年1月9日(土)今日は歌舞伎を鑑賞してきた。

今日は歌舞伎座に行ってきた。じつは初めての経験でした。すごく良かった、これは想像以上に良かった。十分に大人になって観たのが良かったのかも知れない。日本に居て、自分の中の日本的な部分を痛いほど感じたという経験も稀有だった。歌も、踊りも、芝居も、音楽も、それから歌舞伎座の雰囲気も。

いまは十分に感染対策されているし、空いてるし、パフォーマンスする方は誰だって感謝と気合が入ってるし、いまは狙い目、どんどん行きたい。クラシックコンサートなんかも。アートは何でも。いまは吸収の、またとない機会。

2021年1月8日 | カテゴリー : 2021 | 投稿者 : 平田王子

2020年11月23日(月祝)大徳俊幸 (P)さんのこと

久しぶりにピアノの大徳俊幸さんと演奏して頂けることになった。

大徳さん…私にとっては数々の伝説のピアニストなのだけど、世の中でも、そうなのかな。たぶん、きっとそうだな~~

遠い昔、まだ私が、演奏を始めてよちよち歩きだったころに、なぜかご一緒に演奏させて頂いたことがあった。それも一度や二度じゃなかったと思う。なぜご一緒の活動が止んだのかも覚えていないけれど…それはたぶん、私が恐縮し過ぎたんじゃなかったかな。

けれども演奏の感覚ははっきりと覚えていて、空間がねじれるというか、あの感覚が忘れられなかった。私がこう、というコードとメロディでいるのに対して、構成音をシャッフルしたのかな、不思議な音で重ねて来られて、何か空間がゆがむ…ような感覚に陥ってしまう。それが快感で。

なぜですか、とお聞きしたら、「だって一人で完結してるんだから、こっちの役割っていうのは一つしかない」というようなことを仰っておられました…。

いつかいつの日か、わたしがもっと上手になったら。きっと、必ずまたいちどだけでもご一緒にやって頂きたいな…と、それこそ何十年も願ってきた。

いつかきっといつかきっと、と思っているうちにcovid-19 禍なんかも起こってきて、想像を絶することが世の中には起こる。上手になるかもわからない。「いつか」は来ないのかも。やりたいことはどんどんやらないといけない。と、このたび思い切って行動してみたという次第。

「ピアノだから」では決してなく、「大徳さんだから」。ミュージシャンたるもの、そうありたい。うわ~ん、ちょっと怖いような。私に何ができるのだろう、と思いながら。

2020年11月23日 | カテゴリー : 2020 | 投稿者 : 平田王子

2020年8月23日(日) ピアノと歌

最近の愛聴盤は、「River 」というアルバムで、Herbie Hancockのリーダー作品です。

このアルバムは全然知らなかったのだけれどどうやら Joni Michel 曲集なのらしい。何人かの歌手と朗読も参加している。歌手は星の数ほど居るのに私の好きな歌手が二人も入っていて、それだけでも興味をひかれる。聴いていると知らずとまた聴きたくなって、最近ではすっかりどうもこれは、愛聴盤になってしまっているみたい。

さきのブログで、弾き語りについてちょっと書いたけど、それとは別にピアノと歌の関係について思うことあって…。そうだよね、当然そうなるよね、こんな風にあってほしいよねと感じるそんなアルバムなのだった。伴奏じゃ全然なくて。ピアノと歌だと関係がわかりやすく出てしまうけど、本当はどんな楽器でも歌でもすべてそうあるべきなんでは。音楽は。ピアノと歌の関係について、ずっと考えていた自然なことを、目の当たりにさせてもらったアルバムだったのかもしれない。

各自が勝手にやっていている、もちろん調和している、全体としてそういう感じが大切なんじゃないのか、と私は思う。演奏しているとき音楽への入り方も出かたも、そんな風にあるべきなんじゃないのかしら。ここに参加しているWayne Shorter というサックスの人も、一体どんなふうになってるのか、全体の中にただ「在る」というだけで。そこだけ聴いていると何をやっているのか私にはよくわからない…、まるでソロをとったり何かのフレーズを作ることなどダサいと思っているみたいだ。居ることだけが大切で、と、そんなような。そうなんだ…どんなふうに音楽を考えているのでしょうこの方は。(恥ずかしながらHerbie HancockもWayne Shorterも知らないので勝手なこと書いてます)

歌があまりにも凄すぎるとき、周り全員が “歌のための伴奏” になってしまうということを時々目撃する…それはしょうがないこととも思う。素晴らしい歌というのがそうさせてしまうのも、なんとなく、わかる。

でも私は音楽では、そういうのより、やっぱりみんなで調和してぐらぐら揺れてるのが好きみたい。そういうのが聴きたいし、そういうふうに音楽をしたい、とも思う。

ピアノと歌なら、(信頼関係のもと)どこまでも歌が自由に、解き放たれてほしい。このアルバムの中では Colinne Bailey Rae の曲の中に、この理想形をみて、本当にどきどきする。いつか私は何かにハンギングされているような、そして空に向かって駆け出していけるような気もちになってくる。

私は全曲知らなかったけど、みんながよく知った曲を使ってアルバムが作られているような気もする。これだけ歌が強いアルバムで、こんな風に音楽ができる歌手が選ばれている。ピアノが存在して素敵に鳴っていて…音楽だけが純粋な水のようにあふれていて。空気が変わるような、冷たい水に足をつけるような、あの感覚にまた浸りたくて、この夏はこの1枚を、ただ聴いている。

2020年8月23日 | カテゴリー : 2020 | 投稿者 : 平田王子